(10連休4日目)平成最後だしこの31年間を雑に振り返ってみた

昨日に引き続いて1日個人開発を進めてたけど、わざわざブログに書くような進捗は特に出せず。

ただせっかく再開したモノ書く習慣途切れさせるのももったいないし、何より平成最後の日だってので、この時代を振り返ってみようかと過去の記憶を引っ張り出して非常に雑にまとめてみた。

昭和61年(1986)生まれなので、半生ほぼほぼ網羅することになってしまったが、どどん、と。

かものはしくれ 平成の略年表

年齢(数え) エピソード
1989(元) 3 昭和末期の頃、親曰く「天皇陛下のご容態は..」ってフレーズを真似しまくっていたらしい
1990(2) 4 地球戦隊ファイブマンに夢中になっていたはず。人生で唯一マトモに見ていた戦隊シリーズ
1991(3) 5 当時温泉郡だった現松山市沖の島・中島に引っ越す。この時の経験が今の島巡りのキッカケに
1992(4) 6 ほぼ記憶がないが、この時の将来の夢は「ロックマンになる」だった気がする
1993(5) 7 小学校入学。田舎の学校で1学年1クラスだったので漫画でよく見る「○年○組」は都市伝説だと本気で信じていた
1994(6) 8 中島最終年。自然児に育つかと思いきやこの年に買ってもらったスーファミに全てを捧げていた
1995(7) 9 松山市内に戻ってくる。3年「1組」に編入されたことに人生初のカルチャーショックを覚える
1996(8) 10 ゲームやってたのと漫画を描いてた記憶しかない。
1997(9) 11 たしか初恋の年。この時の未練を今後20年近く引きずることになるとは夢にも思わず
1998(10) 12 変声期+成長期を迎え胸が躍る。なお現在の身長
1999(11) 13 中学入学。ノリで生徒会役員選挙に立候補、前例のなかった「1年生での得票数トップでの当選」を果たし調子に乗る
2000(12) 14 漫画描いて遊び呆ける日々を過ごす。1年生1人・2年生1人(自分)の水泳部の部長に就任する
2001(13) 15 身長の伸びが止まる。成績も振るわないくせにワンランク上の高校を志望して見事に死亡
2002(14) 16 高校入学。中学時代ドラムやってたやつがキャーキャー言われてた光景がフラッシュバックし、吹奏楽部で打楽器をやることになる
2003(15) 17 人生初告白からの失恋。そのココロのスキマを埋めるかのごとく聴いたジミヘンから洋楽にハマる
2004(16) 18 野球部が甲子園で旋風巻き起こす。その勢いで受験に臨むも結局滑り止めで手を打つ
2005(17) 19 大学入学を期に大阪へ。軽音サークルに入るも、このへんから人生が狂いだす
2006(18) 20 ライブのステージ上で突然半裸になって暴れる等の奇行を繰り返すようになる
2007(19) 21 授業にはほぼ出ず、筒井康隆を読むか太閤立志伝をやってるかの日々を過ごす
2008(20) 22 昨年からの生活に加え、サークルを引退したこともあって激太り。無気力に過ごすうちに当然のごとく留年
2009(21) 23 留年しても勉強する気全く起きず。半強制的に地元に帰還、フリーターしながら法律資格の取得を目指す
2010(22) 24 勉強とバイトの日々送るも成果出ず。そのうち公務員試験に転向
2011(23) 25 公務員試験で二次まで進むも面接で爆死して心折れる。社会経験がないのもマズいと営業の仕事始める
2012(24) 26 営業マンとしては全く仕事できず、歩合給なので給料ほぼ無し+SNSで同級生がちらほら結婚するのを見る→心が死ぬ→退職
2013(25) 27 このへんの記憶がめちゃくちゃアバウト。なんかいろんな出来事が1年2年ズレてる気がするけどそんくらい蓋しておきたい時代
2014(26) 28 クラウドソーシングサイトでライティングやって小銭を稼ぐ。小銭しか稼げてないのに実家出て今の家に移り住む
2015(27) 29 生活に行き詰まり、派遣の仕事始める。セールス、電気工事の手伝い、コールセンターと渡り歩くがどれも向かずに鬱になる
2016(28) 30 手に職つけようとプログラミングの勉強を始める。その延長で技術職特化の派遣会社に入るも、年中夜勤のサーバ監視に回され生活こわれる
2017(29) 31 地下生活から抜け出したい一心で就職活動、今の会社にプログラマとして入社する
2018(30) 32 前年から通っていた教習所でバイク免許取得、島巡りを始める
2019(31) 33 金はないなりに、そこそこ楽しく日々を過ごしている

平成を振り返ってみて

以前にも「半生を振り返って」的な文章を書いたことがあったので驚きはなかったけど、自分にとって 平成20年代≒20代がほぼほぼ黒歴史だった のを改めて思い知る。

自分の場合、就職氷河期とかで「就職したくてもできなかった」のではなく「就職する気が起きなかった」のが20代の間ずっとあったんだよな。

子供の頃は漫画家になりたくて、成人してからも「創作で食っていけたら」と夢を見ることはあったけど、その道は気付いたらめちゃくちゃ遠くなっていて。

就職する気自体はあったんだけど、創作以外の道で、世の中にある企業・職業色々検討してみたけど、どれもこれも自分にはしっくり来ないなあという思いがずっとあって。

「何者かになりたいけど、何者にもなれない」

そういう思いに悩み、苦しんできた10年くらいだったように思う。

ただそんなところから苦し紛れに始めたプログラミングが仕事になり、おそらく一生続けていくだろう趣味のひとつになっているところを見ると、月並みだけど 「何か新しいことを始めるのに遅すぎるということはない」はガチ だなと。

20代でも「新しいことを始める」のをしなかったわけじゃない。むしろ積極的にやった結果、嫌いなものの方が先に目についてしまった。

「接客とか営業とか人と密接に関わる仕事は嫌だ」とか「毎朝時間どおりにきっちり起きて通勤するの嫌だ」とか「車運転するの、電話するの嫌だ」とか「体育会系的な先輩後輩意識の強い組織にいるのは嫌だ」とか「自分がクソだと思っているものをいいと言ってカネを取るのは嫌だ」とか。

逆に嫌なこと・嫌いなことをさんざん経験してきたからこそ、自分が本当に好きなことがわかりかけて(未だに「かけて」)きたし、それがあったからこそ嫌なものを避けて好きなことだけをやるために何をすればいいか、努力の方向性が見えてきたし。

だからなんでもやってみりゃいい。

平成30年ちょっと生きてみて得た教訓、こんくらいしかないけど、こんだけあれば十分かなとも思ってる。

平成最後の駄文はこんな感じでおしまい。

令和は平成よりもっと面白いことができる時代でありますように。